自称ドバイ出身のキス魔

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この日は私史上一番最悪な日だった。

管理人をしていた宿からやっと抜け出せたにも関わらず、

少し残していた私物があるのにも関わらず、宿の入口の暗証番号を変えられ、私が寝泊まりしていた部屋にも鍵をかけられた。

この時ばかりは、世の中嫌な人しかいないのか、とさえ思った。

こういうメンタルが不安定で、最悪な時ほど相手に付け入られる隙を与えてしまうもの。

少し残してきてしまった私物を取りに行くのと、夜逃げしたという誤解を解くため、

奥さんの好きなスタバのカプチーノのスティックと大家に適当なサラミと、最初に預かっていた50€を握りしめて、宿の大家の家に向かった。

事件はこの道中で起こった。

悪意を向けられた相手に、誠意をもって相手のもとに誤解を解きに行くときだった。

これより下はないくらい落ちた最悪な精神状況でやや暗くなってきた道中を歩いているときだった。

二人組の男が前から歩いてきているのが見えた。

私に日本人か?と聞き、隣の男がもう一人の男を差し、こいつはドバイ出身なんだと紹介し、

その自称ドバイ出身というアラブ系の風貌の男が一緒にカフェでお茶しようと誘ってきた。

とっさに、「ごめんなさい、私、彼氏がいる。」と断った、つもりだった。

つもりだったのだが、

「いいじゃん、別に、ちょっとカフェに行くだけだよ?」

と自称ドバイ出身の男、一歩も引かない。

「じゃあ、キスしていい?」

不覚にも、この最悪の状況の中、思わず笑ってしまった。

その後、イェスも、ノーも言わず、ニコッとして、立ち去ろうとした。

その自称ドバイ出身の男は私の体を押さえ、

道中、無理やり、キスをしようとちくちくするひげを私の顔に近づけてきた。

隣の男はやめろよーと笑っていたが、

日本でぬくぬく平和ぼけして、こんな曖昧な返事をしてしまった自分をぶん殴りたい。

「No!」と男を突き放し、事故は起きず逃げることができた。

夕暮れ時、一人で歩いているから、こんな舐めた態度を取られるのである。